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九段会館

 「 独裁者 」と聞くと、「 自分の思い通りに政治を動かす人 」というのが一般的な解釈だと思われる。しかし、どうやったらこういう状況になるのか、経験上、皆目検討がつかない。どうも、その人が神格化されている場合にそういうことになるらしい。

 神格化されているということは、その人を頂点とする擬似宗教と化しているということになる。ということは、その内部に他の信仰が存在してはならないハズである。なぜならば、独裁者の言うことに、反対意見や別の意見が存在するということは、彼のいうことが「 絶対でない 」という証明であり、その神性を否定するものだからである。

 例えば、独裁者が何を主張しようとも、

それは、イエス・キリストに否定されている

と言えば、独裁者の思い通りに物事が進みようが無い。そこになんらかの話し合いが持たれ、折衷案を創出するしか道がなくなる。かくして、古今東西、独裁者は宗教の弾圧に走るわけだが、可逆的に、宗教への弾圧もしくは古い伝統の破壊は、独裁者を生むことになるのだろうと思われる。全ての絶対性を否定し、全てが相対化された世界は、即ち統合への過程であり、つまりは「 神話の世界 」だろうと思われるからである。そういった意味で、宗教を否定しているはずの共産主義国が擬似宗教化し、平等を謳う国家に独裁者を現出してしまうのは皮肉な話だ。

 そんなこんなで「 九段会館 」。あのスーツにチョンマゲを結ったような素っ頓狂な建築が、我輩、たまらなく愛おしい。今回の崩落事故で閉館状態らしいが、まかり間違って「 建替え! 」にならないことを祈るばかりである。なぜならば、古い伝統の破壊は、独裁者を生むことになるのだろうと思われる、、、からではなく、我輩が、

九段に行く楽しみがひとつ減る

からに他ならない。

(2011年05月03日)

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