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やせ我慢

 龍馬ブームということもあり、世間一般では、幕末が注目されている、、、ものと思う。今更ながら、維新を成功に導いた思想は、

異国の技術を以て、攘夷を行う

というものであろう。ここですっぽり抜け落ちているのが、「 明治維新からいわゆる第二次世界大戦まで、たかだか50年くらいの開きしかない 」ということである。つまり、幕末の記憶の色濃い、、、ハタマタ、幕末を生き抜いた世代が未だ息づいていた時代であって、そうそう考え方が変わるわけではなく、そこに「 思想的連続性があった 」ということである。結果的には「 侵略であったか、なかったか 」等、色々見方はあろうが、少なくとも幕末の生き残りたる当時の人々にとっての一連の戦争とは

異国の技術を以て、攘夷を行う

という幕末の思想の延長線上にあり、当時の人々にとって、中国から西洋人を追い出そうとは思っても、「 中国へ侵略 」などとは夢にも思わなかったことだろう。大東亜共栄圏などという考え方は、まさにその「 思想的連続性を裏付けるもの 」であったろうと思う。

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 かくして戦後である。ほどなく、日本は高度成長を迎える。もちろん勤勉さ等、国民性も作用しただろうが、その背後にあったのは朝鮮戦争、ベトナム戦争、、、などの戦争に起因した特需を以て、、、である。我輩などには当時の感覚は正確には解らないが、おそらく、「 ベトナムは竹やりを持って、アメリカと本土決戦 」を行っているが、「 我々はそこに至らず敗戦 」、、、しかも、その特需にあやかり、更に、アメリカの前線基地となっている、、、という「 」の観念であろう。即ち、無意識に彼らは当時のベトナムに、「 特攻隊員 」であり、「 幕末の志士 」を見ていたのだろう。

ベトナム(幕末の志士)は、アメリカ(異国)と攘夷の戦争を行っているのに、我々はあろうことか異国側に間接的に手助けをしている、、、。

そう考えると、所謂、あの学生運動を起こしたのは、幕末に散っていった「 志士たちの怨念 」であり、その後、急速に運動が沈静化に向かったのは、

ベトナムが勝って(攘夷の成功)、志士たちの怨念が成仏したから

と考えられる。そこにいたのは、日本の神々であって、マルクスでも毛沢東でもスターリンでもない。そこを見誤った人たちが、ハイジャック事件など、数々の愚行を行ったわけであるが、「 異国の神を奉じた末のあるべき帰結 」にも見える。無論、それも殉教なのだろうが。

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 ともあれ、「 やせ我慢 」である。

高尚な理想はともかく、実利を取った方が得でしょぅ?

という現代であるから「 やせ我慢 」することは「 」と認知されているように思う。しかし、それが美しいかと問われれば、どうなんだろう?と思う。美しいを論証しよぅったって無理だ。ただ縄文から一つ一つ積み上げ、江戸期において昇華したものを、、、先人達の艱難辛苦を、、、ひいては今の我々が未来に残していくものを、、、どのように扱うべきか?とは言える。もちろん生きてゆけなきゃ「 美しい 」なんて言ってられないが、贅沢言わなきゃ、もう十分生きて行けるでしょ?要するに、

TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)なんか蹴っ飛ばして、鎖国する「 やせ我慢

も、俺はありだと思っている。

(2010年11月06日)

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