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忍耐



 スターウォーズの3だったと思う。アナキン・スカイウォーカーが「 ダースベイダーになる経緯を描いている同映画 」。正直、どういう理由だったかはハッキリとは覚えていない。確か生まれつきの性格と、愛する人を守るため、、、とかそんなんだったと思う。ただ、

え~?お前、要するにただのバカだったんじゃないの?

と微塵も同情できなかったことはハッキリ覚えている。これをとある外人に聞いて見ると、「 あれはしょうがない。 」とかそんな答えが返ってきてビックリした。そのシーンを見て、我輩が思ったのは、

そんなことぐらい我慢しろよ!

であって、それ以上ではない。もうシリーズ全体が馬鹿のバカによるbakaの話に見えてきて、興ざめしたことを覚えている。

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 疑問に思うまでも無く、「 愛する人を犠牲にしても大義に生きる男の話が、日本にはいくらでもある 」からであろう。そういう状況だとまず女は自害し、我慢に我慢を重ねて男は復讐を遂げた後、切腹するか世捨て人になるのが常であろう。ことの善悪は兎も角も、そういう世の中の「 無常感に私達は感動する 」のだろうと思われる。そして、そういう美的感覚が、その原型を例に挙げることはできなくても身体に染み付いているということなのだろう。

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 例えば「 忠臣蔵 」を例に出してみる。吉良の殺害を最終目標として、そこに至るまでの方法を話し合ってみるとしよう。もちろん、わざわざそこまで我慢しなくても最終目標に達する方法は他にもあるかもしれない。重要なのは、私達が

そこまで我慢した後には、必ずいいことがある。

と思っていることであり、そうしなければいけないと思っていることであり、自分自身を「 御霊する 」ことであり、つまりはそこにコンセンサスがあるということだろう。

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 前置きはそのくらいにして本題に入る。例の尖閣諸島の問題である。どう考えても逆ギレ以外の何ものでもないんだが、彼らはそう考えないらしい。そういうわけで、「 私達はまだ我慢のステップ 」にいるようだ。とりあえずの所、人は死んでない。連日の報道を見るに付け、

あ~なるほど。いわゆる日中戦争開戦前も庶民はこういう感覚だったんだろうな

などと思えてならない。

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 極端に言えば、家康だろうが信長だろうが人を殺している以上殺人犯であって、つまりは歴史上の事実を、そのまま「 ストレートに現代の常識で見るべきではない 」。要するに変わっている基準を元に物事を比較するということは、「 ストップウォッチで体重とスピードを計って比較するようなもの 」である。ただ、ことこの件に関しては、

そこまで我慢した後には、必ずいいことがある。

という美的感覚を未だ私達が抱いている以上、我輩の印象も案外、的外れではないと思っている。

(2010年09月21日)

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