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0729年:【祟り】長屋王の変

 当時、絶大な権力を誇った「 藤原不比等 」の子、「 藤原四兄弟 」は、同じく不比等の子である「 光明子 」を聖武天皇の「 皇后へつけようと画策 」。もちろん、「 長屋王から権力を奪取 」するためであった。
 前例がない(藤原四兄弟は、「 中臣鎌足の孫であり、皇位にはつけない 」)と長屋王は異を唱えるが、

長屋王が密かに左道(妖術)を学び、国家転覆を企んでいる

との密告があり、藤原四兄弟は大群を率いて長屋王邸を包囲。「 長屋王は自害 」する。しかし、後に、この「 密告はウソ 」だと判明。
 この後、怪異が続く。長屋王の遺骨を土佐に葬ると、「 百姓が大勢死亡 」。大宰府で「 疫病が流行 」。737年、ついに「 藤原四兄弟も次々に変死 」をとげる。
 聖武天皇は、読経などで「 鎮魂を試みるが効果なし 」。

仏教によって国を守り、繁栄させる

との建前のもと、全国に「 国分寺の建立・平城京に東大寺の大仏 」を建設するが、果たして「 何から国を守ろうとしたのか?

(2014年07月11日)

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