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0807年:【事件】伊予親王、無実を訴えるも聞き入れられず自殺(伊予親王の変

 伊予親王は、桓武天皇の第三皇子。藤原北家の「 宗成(むねなり)が親王に謀反を勧めている! 」との密告。藤原南家の雄友(おとも)が藤原北家の内麻呂に報告。伊予親王は、その「 無実を平城天皇に訴える 」。
 ところが、宗成(むねなり)への尋問で「 実は、伊予親王が首謀者である 」と自白。激怒した平城天皇は、伊予親王の母ともども捕縛・幽閉。失意の「 伊予親王はほどなく自殺 」する。しかし、後に「 伊予親王の無実は証明される 」ことになる。
 どうも、宗成(むねなり)は、仲成/薬子らに促された、、、との噂もある。もちろん、「 薬子の変 」の主要人物である。

(2014年07月15日)

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