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1077年:【祟り】敦文親王、園城寺の僧 頼豪の道連れに

 皇子の誕生を望む白河天皇は、三井寺の阿闍梨「 頼豪 」に祈祷を依頼。見事、「 敦文親王が生まれる 」。
 しかし、白河天皇に「 約束を反故にされた頼豪は激怒 」。

自分が取り出した皇子なのだ。所望が叶わないなら魔道へ道連れにする

と、抗議の断食をし「 悪鬼のような姿に成り果て 」て死ぬ頼豪。予言どおり「 敦文親王も死去 」。
 また「 頼豪は鉄鼠となって 」、約束を反故にする原因をつくった「 延暦寺を襲撃 」。8万4千匹ものネズミとなって比叡山を駆け上り、経典ばかりか仏像をも食い破ったらしい。
 これを恐れた延暦寺は、日吉神社に祠「 鼠社 」を建てる。
 怪異はこれで終わらず、「 頼豪 」は白河天皇の娘にとりつき発狂させ死亡(出典不明)。白河天皇は出家。比叡山を頼って、堀川天皇を得る。

(2014年07月08日)

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